研究内容
ソルガムにおける農業形質決定遺伝子の機能解析および高速育種システムの構築
ソルガム (Sorghum bicolor) について
- 熱帯アフリカ原産, イネ科の一年草, C4植物
- 別名タカキビ, コーリャン, モロコシなど
- 五大穀物の一つとして世界中で広く栽培されている
- 食糧 (種子), 家畜飼料 (茎葉) など幅広い用途
- 環境耐性・栽培特性・収量性に優れる
- 近年ではバイオエタノールの原料 (バイオマス作物) としても注目されている
- 育種の歴史が浅いため遺伝的多様性が高い (図1)
図1 ソルガムとその多様性
多様性の高いソルガムの中には草丈が4 mを超えるような巨大な系統も存在する. 左図の奥にある巨大な個体 (ピンク色ハイライト) も, 手前側にある小さな個体 (水色ハイライト) も同時期に植えたソルガムである. 右図は多様性の一例として様々なソルガム系統の穂の形態を示す.
現在, ソルガムの利用方法は食用 (子実), バイオエタノール用 (搾汁液等), サイレージ用 (茎葉部) 等と多岐にわたっています. それぞれの用途において, 生活習慣病やクリーンエネルギー等の現代社会の課題解決の一助となる役割を果たしており, 用途に応じた多様な表現型の開拓および育種によるファインチューニングへの要求は年々高まっています. 当研究室ではソルガムの持つ潜在能力に着目し, ソルガムを種々の用途で利用する際に重要な形質について, 責任遺伝子の単離と機能解明, およびソルガムの高速育種システムの構築を目標に研究を行っています.
①農業形質決定遺伝子の一例: 乾汁性を決定するメカニズムの解明とその応用にむけて
ソルガムには乾汁性という形質が存在しており, 茎を絞った際に搾汁液がほとんど出ない系統を乾性系統, 出やすい系統を汁性系統品種と呼びます (図2).
図2 ソルガムにおける乾汁性
上段: 乾性・汁性系統の茎の横断面図. 乾性系統の白っぽいスカスカの茎 (左) と比べると汁性系統の茎は非常に瑞々しい (右).
下段: 茎を絞った様子. 乾性品種では茎を絞っても搾汁液がほとんど流出しないが (左), 汁性品種では容易にかつ大量に流出する (右).
搾汁液には糖類が含まれており, その糖液が容易に得られる汁性という形質は, 絞った搾汁液をそのままバイオエタノール生産における発酵処理へと回せるという点で, 効率の良いバイオエタノール生産のためには必須の条件になると考えられます (図3).
図3 バイオエタノール生産の概略図
サトウキビに代表されるような糖蜜系の原料では, デンプン系・セルロース系原料とは異なり大きなコストのかかる前処理や糖化処理が不要であるため, バイオエタノール生産にかかる環境負荷やコストが少ないくて済むという利点がある. ソルガムもサトウキビ同様糖蜜系の原料に含まれる.
乾汁性という形質は100年近く前に報告され, またこの形質が単一遺伝子により決定される対立形質であることが知られていました (Hilson GR 1916). しかしながら, 100年も前から知られていたにもかかわらず乾汁性を決定する遺伝子はいまだ同定されていませんでした.
当研究室ではマッピングによりソルガムの重要な農業形質である乾汁性決定遺伝子の同定を目指し, 乾汁性決定のメカニズム解明および
その応用へ向けた研究を行っています.
2018年8月, 東京大学と農業・食品産業技術総合研究機構, 名古屋大学, 国立遺伝学研究所, 基礎生物学研究所, 株式会社アースノート, 信州大学の研究グループは, 上記ソルガムの乾汁性決定遺伝子を世界に先駆けて単離・同定することに成功し, 論文発表を行いました (発表論文, プレスリリース). 本研究成果は, 乾汁性決定遺伝子機能の調節を標的とした糖やエタノール生産用作物の効率的な品種改良や, 新たな資源作物開発への道を拓くものとして今後の更なる発展が期待されます.
②ゲノミックセレクション (GS) によるソルガム高速育種
バイオエネルギー作物にとっての満たすべき条件とは
バイオエネルギー作物の実用的利用のためには, その植物が栽培やエネルギー抽出に要するコストに十分見合うような高い物質生産力とエネルギー抽出効率を有している必要があります. 一方で, 食糧問題を考え合わせるとバイオエネルギー作物の生産を食糧生産と競合させないことが重要であり, 従ってバイオエネルギー作物は食用作物の栽培に適さない厳しい環境 (限界耕作地) での生産が望まれます.
現在地球規模で広がりつつある限界耕作地の一つに塩害農地が挙げられます. 過度に塩類が集積された土壌では作物の生育が阻害され, 酷い場合には枯死してしまいます. これまでに世界の食糧生産の40%を支えている灌漑農地のうち既に24%が塩害の影響を受けており (図4A), その被害総額は年間100億ドル以上に及び, また毎年新たに150万haの塩害地が生じているとも言われています (Squires VR and Glenn EP 2009).
前述したとおり, このような食用作物の栽培に適さない塩害農地, および現在農地として使えず放置されている広大な塩類集積土壌 (9.6億ha, 図4A) においてバイオエネルギー作物であるソルガムを栽培できれば, 食糧生産とも競合せず, エネルギー問題にも対処できるという理想的な農業が展開できると考えられます. そこで我々は塩害地のモデルとしてメキシコのシナロア州に着目し (図4B, C), そこで旺盛に生育できるソルガム品種を高速に育種することを目標に研究を始めました.
図4 世界の土地利用と広がる塩害地
A: 人類は全陸地のうち10%程度を耕地として用いており, その中の20%にあたる3.1億haが特に生産性の高い灌漑農地として使用されている. 現在灌漑農地のうち24%にあたる7430万haが塩害の影響を受けていると推定されており, このような灌漑地における塩害は刻々と広がっている. 人類が耕地として使用していない土地にも9.6億haにおよぶ広大な塩類集積土壌が存在しており, 今後はこれら塩害地の有効利用が求められている. 荒地; 森林や砂漠など. 耕地; 一般的な田畑. 主に一年生作物用. 永年作物; 果樹畑, コーヒー畑など. 灌漑農地; 外部から人工的に水を供給している農地. 天水農地; 雨水に依存した農地. B: 本研究室が着目したメキシコ・シナロア州にはカリフォルニア湾に面した200万haに及ぶ塩害地が広がっており, 周辺の農地に大きな被害をもたらしている. C: シナロア州に広がる農地の航空写真. 白く析出した塩が広がる畑や塩害による作物の生育不良の様子が観察される.
ソルガムの環境応答と育種に関するハードル
下図にソルガムの写真が二枚あります. 左右のソルガム間では草丈や草型 (茎が一本 or 複数本) に大きな違いが見られますが, そういう性質の別の品種というわけではなく, 実はこの二つは全く同じ遺伝子型をもつ同じ品種なのです (図5).
図5 ソルガムの環境応答
左の写真はハノイで, 右の写真は蘭州で育てた同一品種のソルガムの様子. 右枠内は根元付近の拡大図を示す. 同一の品種でも環境が異なるとその表現型は大きく異なることがわかる.
このことは, ソルガムは環境適応性は高いがその能力の表現は環境によって大きく変化すること, つまり, たとえ日本の研究室で優れたソルガム品種が育成できたとしても, それがメキシコの塩害地で良好な生育を示すとは限らないということを意味しています. このことから, 実用的なソルガム新品種を育成する際には, 実際にその品種を栽培する現地の環境に適合したものを作っていく, いわゆるテーラーメード育種が必要となります.
加えて, これまでの伝統的な育種法である表現型選抜法を用いた育種には下記のような様々な問題がありました.
- 能力の評価と選抜に時間がかかる (1世代/年. 新品種の完成まで10~20年かかることも)
- 対象とする環境で栽培・選抜を行う必要がある (メキシコに10年以上張り付いているのは・・・少し大変)
- 意図しない環境変動によって形質評価が不安定になる可能性がある
- 適切な選抜には経験豊富な「育種家の眼」が必要
これらの問題に対処するため, 私たちの研究グループでは育種の新手法であるゲノミックセレクションに着目しました.
ゲノミックセレクションとは
従来の表現型選抜では実際に現場で植物体を育てた後に目的の形質を計測し, その計測値により好ましい個体を選抜しますが, ゲノミックセレクションではゲノム中に多数存在するDNAマーカー (ゲノムワイドマーカー) をもとに優良個体を選抜します. ゲノミックセレクションにおいてはまず, 育成中の材料における目的形質 (収量性, 耐塩性, 乾汁性など) とゲノムワイドマーカー間との関連をもとに, ゲノムワイドマーカーのパターン (遺伝子型) から目的形質を”予測“する統計モデルを構築します. 統計モデルが構築された後は, 被選抜個体群に対してモデルを用いて遺伝子型から目的形質を予測することで, 「実際に目的形質を計測することなく」 優良個体を選抜していきます (図6).
図6 ゲノミックセレクション (GS) の概略
GSではこれまでの表現型選抜 (被選抜集団を現地で栽培し, そこでの表現型をもとに選抜) とは異なり, マーカー遺伝子型をもとに選抜を行う. 表現型選抜と同様に, GSにおいても一度は多数の品種を含むトレーニング集団を現地で栽培し, 形質評価を行う必要がある. その計測値 (y) と次世代シーケンサーを用いたGBS (Genotyping by sequencing) によって得られたマーカー遺伝子型 (x) とを用いて, 遺伝子型によりパフォーマンスを予測する数理統計モデルを作製する.
従来の表現型選抜 (常に現地に張り付いて選抜を続ける) とは異なり, 一度この予測モデルができてしまえば, 以降の選抜はたとえば幼苗期に被選抜集団の各個体について遺伝子型さえ決めておけば, それを予測モデルに代入することで「将来この個体を現地で育てた時にはこの程度のパフォーマンスを示すだろう」 ということが
予測でき, この予測値を用いて早い段階で選抜が可能になる. 従ってGSでは選抜に関して時期・環境を選ばず行えるため, 日本において世代促進を行いながら
迅速に選抜・交配のサイクルを回すという育種の高速化も可能になる.
ゲノミックセレクションの利点を簡単にまとめると以下のようになります.
- 交配, ジェノタイピング, ゲノムワイドマーカーによる選抜を日本で行えるため現場に張り付く必要がない (省力化)
- 選抜, 交配を温室などで高速循環できる (3世代/年) ため育種の高速化が可能
- 選抜は遺伝子型を用いて行うため (表現型は見ない), 環境変動による影響を受けない
我々の研究グループ (当専攻の生物測定学研究室・岩田グループらとの共同研究) では, このようにポテンシャルの高いバイオエタノール作物・ソルガムを対象に, 上記ゲノミックセレクションを基盤手法として, 多数の遺伝子に支配される量的形質の改良方法を確立し, これを高速ジェノタイピングシステム等, 様々な最先端技術と結びつけて一連の高速育種システムを構築することにより, 次世代育種技術としての提言および効果の検証を行うこと, またその成果としてのメキシコ塩害地に適応した実用的なソルガム品種の作製を目指し研究を行っています.