研究内容
植物オルガネラに関する研究
1. 植物ミトコンドリアと葉緑体のゲノム編集
植物細胞のミトコンドリアがもつ独自のゲノムは巨大かつ多様で (下記項目4を参照), いまだ機能が未知の遺伝子も多数存在しています. この植物ミトコンドリアゲノムはこれまで人為改変することができなかったため, その理解も応用も遅れていましたが, 最近私たちはmitoTALENsという技術を用いることで, 下記の様にそのゲノム編集 (標的遺伝子破壊) に世界で初めて成功しました (引用文献1). また, この技術を拡大させ, 葉緑体やミトコンドリアのゲノム編集 (標的一塩基置換) などにも成功しました!(引用文献2, 3, 4, 5)
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東北大学と玉川大学との共同研究により, イネとナタネのミトコンドリアゲノム上に存在する農業上の最重要形質の一つである細胞質雄性不稔 (Cytoplasmic Male Sterility; CMS) の原因候補遺伝子の破壊と稔性回復に成功し, これらの配列がCMSの原因であることを直接的に証明することができました (引用文献1, プレスリリースはこちら. この成果は様々なサイトで取り上げられました).
現在, このmitoTALENs技術をさらに発展させるとともに, 植物ミトコンドリアゲノムとそこに存在する遺伝子に関して残された謎の解明に向けて研究に取り組み (引用文献6, 7) , さらには国際共同研究事業も展開しています.
2. 植物ミトコンドリアの分裂機構の研究
ミトコンドリアは細胞呼吸や各種代謝を行う必須の細胞内小器官 (オルガネラ) です. 細胞内に数百~数万個も存在する植物ミトコンドリアは, 各自が細胞内で活発に動きまわるダイナミックな存在でもあります (図1).
図1 ミトコンドリアは細胞内を活発に動き回る
白い粒がGFPで可視化したミトコンドリア. 多数あるミトコンドリアが細胞内を活発に動き回る様子が観察される. シロイヌナズナ表皮細胞, 5秒毎撮影.
ミトコンドリアは自由生活していた細菌が細胞内共生したものに由来しており, それ以来ミトコンドリアは自身が分裂することによって増殖し維持されてきたと考えられています. 我々はこれまで, 植物ミトコンドリアの分裂に機能するダイナミンを初めて明らかにし (図2, 引用文献8, 9), またダイナミンと共に働く植物独自のミトコンドリア分裂因子 (ELM1) を同定してきまし た (引用文献10). 当研究室では, これらを基軸にして新たな分裂因子の探求と, 作用機構の解明, またミトコンドリア分裂の植物生育や真核生物全般における生物学的な意義について研究しています.
図2 ミトコンドリア分裂の瞬間
ダイナミン (緑:DRP3A::GFP) はミトコンドリア (赤) の分裂部位 (矢印) に局在する. タバコBY2細胞, 5秒毎撮影.
3. 植物ミトコンドリア融合の研究
動物や酵母のミトコンドリアは頻繁に融合し, また融合に関わる遺伝子もいくつか解明されています. 一方で植物では, ゲノム情報からは動物ミトコンドリア融合遺伝子の明確な相同配列は見つからず, 植物ミトコンドリアの融合因子は依然として同定されていません. またミトコンドリアの形状に関しても, 動物や酵母のものは比較的細長い形状や分岐した形態をしていますが, 植物ミトコンドリアは粒状で, そのかわり数が非常に多いという特徴をもっています.
我々はライブイメージングを用いた独自の融合検証法を用いて, 植物ミトコンドリアも確かに融合現象をおこすこと, また, 頻繁に融合と分裂を繰り返していることを発見証明しました (図3, 引用文献11, 12). また, 意外なことにミトコンドリア以外の葉緑体やペルオキシソームといったオルガネラではこのような融合現象が見られないことも明らかになりました (引用文献11). 現在, 植物ミトコンドリア融合を司る因子の探索と分子機構解明を目指して研究を行っています.
図 3 植物ミトコンドリア融合の瞬間
aとbの部分で, 緑と赤にラベルされたミトコンドリア同士が融合し, 中間色の黄色になる. Bでは融合後ただちに分裂が起こった様子が観察される. 右図はa, bのミトコンドリアを静止画で継時的に並べたもの. 矢尻が融合の瞬間. タマネギ表皮細胞, Kaede蛍光タンパク質でミトコンドリアを可視化, 3秒間隔撮影. Bar = 2 μm.
4. 植物ミトコンドリアの形態・分布の維持機構の研究
植物ミトコンドリア形態・動態を司る未知の遺伝子を同定する目的で, シロイヌナズナを用いてミトコンドリアの形態などが異常になった突然変異体を単離しました (これまで突然変異処理M2植物約35,000個体をひとつひとつ顕微鏡観察して選抜しました. なかなか骨の折れる作業です...). その過程で, ミトコンドリアが著しく長く, また網状につながったもの (=ミトコンドリア分裂が異常になった突然変異体, 図4A) が見つかりました (引用文献10). また, ミトコンドリアが細胞内で偏在するもの, ミトコンドリア同士が凝集するもの, ミトコンドリアの形状が不揃いのもの, などが単離されてきました (図4B). これらは, ミトコンドリアを細胞内で均一に分布させたり, 大きさをある一定範囲内に保つための仕組みとそれを司る遺伝子が存在することを示唆しています. 現在これらの突然変異の原因遺伝子を同定し, その遺伝子産物の機能解析を行っています.
図4 分裂・融合とミトコンドリア形態の関係およびミトコンドリア形態突然変異体
A: ミトコンドリア形態は融合と分裂のバランスによって維持されている. 融合・分裂のバランスが取れている場合は中央の俵型ミトコンドリアとなり, 分裂ができなくなると融合のみが進むため下段のように長いミトコンドリアが生じ, 一方で融合ができなくなると分裂のみが進むため上段のように細切れのミトコンドリアが生じると考えられる. B: 左側の野生型シロイヌナズナでは, ミトコンドリア (GFPで可視化) は粒状で, 数も非常に多い. 右上段三つはミトコンドリア分裂突然変異体 (ミトコンドリアが著しく長い), 下段は偏在, 凝集, 不揃い突然変異体のミトコンドリア.
5. 植物ミトコンドリアゲノム維持機構
ミトコンドリアは独自のゲノムを保持していますが, 植物ミトコンドリアゲノムは, 動物や酵母のものと比較して数倍~100倍以上の大きさを持っています. また, 植物ミトコンドリアゲノムは, 多様な大きさのDNAが混在する状態 (マルチパータイト構造, 図5A) として存在していると考えられています.
これまでに, 植物ミトコンドリア一つ一つが持つDNAの量を検定したところ, 驚いたことにミトコンドリアの多くはDNAを一ゲノム分持っておらず, またDNAをほとんど持っていないようなものも多いということを見いだしました (図5B, 引用文献11, 13, 14). つまり多くのミトコンドリアはゲノム情報の足りない状態で存在しており, それにもかかわらず十分な機能を果たしているように見えることから, そういったミトコンドリアはミトコンドリア同士の融合によって遺伝子情報を共有することで機能を維持している可能性が考えられます.
植物ミトコンドリアゲノムの存在様式に関して, 一見いい加減な保持の仕方をしているようにも見えるが, 実際にはどのように必須の遺伝子セットをきちんと保持して細胞分裂し, 植物が生育し, かつ不足なく次世代に引き継がれるのか?現時点ではこれらの分子機構はまだほとんど何もわかっていません. 当研究室では, 興味深いながらもわかっていないことの多いこれらのミトコンドリアの謎に迫るべく研究を行っています.
図5 マルチパータイト構造と植物細胞内のミトコンドリアDNA染色像
A: イネミトコンドリアゲノムの予想されるマルチパータイト構造の一例. 公開されたイネミトコンドリアゲノム配列情報 (引用文献15) から, マルチパータイト構造を予想した. イネミトコンドリアゲノム中には20 kbp以上の大型リピート配列が3組存在し (図中のRepeat 1-3, 矢印はその向きを示す), それぞれのリピート配列間における相同組み換えの結果, 様々なサイズの, また時にはミトコンドリアゲノムサイズ (491 kbp) 以上の環状mtDNAが生じると考えられる. B: タバコ培養細胞BY-2のミトコンドリアをMitoTracker (マゼンタ), mt核様体 (mtDNA) をSYBR Green I (グリーン) で染色した様子. ミトコンドリアをマゼンタ, mt核様体をグリーンで表示してあるため, ミトコンドリア内のmt核様体は二色の重ね合わせの結果ホワイトに表示される. 矢尻のようにmt核様体の観察されないミトコンドリアが多数存在することがわかる. Bar = 5 μm.
[引用文献]
1. Kazama T et al. (2019) Nature Plants, 5: 722-730.
2. Nakazato I et al. (2021) Nature Plants, 7: 906-913.
3. Nakazato I et al. (2022) Proc Natl Acad Sci USA, 119 (20): e2121177119 .
4. Nakazato I et al. (2023) Plant J, 115 (4): 1151-1162.
5. Zhou C et al. (2023) Plant Physiology
6. Arimura S et al. (2020) Plant J, 104 (6): 1459-1471.
7. Ayabe H et al. (2023) Plant Physiology, 104 (6): 1459-1471.
8. Arimura S and Tsutsumi N (2002) Proc Natl Acad Sci USA, 99: 5727-5731.
9. Fujimoto M et al. (2009) Plant J, 58: 388-400.
10. Arimura S et al. (2008) Plant Cell, 20: 1555-1566.
11. Arimura S et al. (2004) Proc Natl Acad Sci USA, 101: 7805-7808.
12. Wakamatsu K et al. (2010) Plant Cell Rep, 29: 1139-1145.
13. Takanashi H et al. (2006) Genes Genet Syst, 81: 215-218.
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15. Notsu Y et al. (2002) Mol Gen Genomics, 268: 434-445.